民主党

もりおか洋一郎プロフィール

もりおか洋一郎

森岡 洋一郎(もりおか よういちろう)
1975年1月10日生まれ やぎ座 A型
埼玉県出身 春日部市在住

◇性格:思い込んだらまっすぐ(良い意味でも悪い意味でも)
◇尊敬する人:松下幸之助
◇座右の銘:素直な心で衆知を集める
◇趣味:サッカー
◇好きな動物:ねこ
◇家族:妻と春日部市南(大池)在住


1990年 久喜市立久喜東中学校卒業
1993年 埼玉県立浦和高校卒業
1995年 第4回国連北京女性会議 NGOフォーラム参加
1996年 第2回国連人間居住会議 本会議 NGOフォーラム参加
世界ユースとして行動計画“Habitat Agenda”149(d)の採択に成功
1997年 米国NPOインターンシップ
サンフランシスコ郊外のスラムのNPO“Jubilee West”にて活動
1999年 早稲田大学法学部法律学科卒業
1999年〜02年 松下政経塾 第20期生
日本の多元外交をテーマに国内外で活動
2000年 日米コモンアジェンダ CSOフォーラム参加
2002年〜 衆議院議員武正公一 公設秘書
結婚を機に春日部市南へ
独立行政法人改革チームで行政のムダ遣いのチェックを担当
2006年〜 春日部にて政治活動を開始
2007年 社団法人春日部青年会議所 かすかびあんJr.プログラム運営委員会
大池青年会 会員
埼玉県議会議員選挙 民主党予定候補者に決定
一人一人が輝く“まち”づくりへ仲間と走り回っています
2007年4月 埼玉県議会議員選挙 18288票をいただき当選
現在 埼玉県議会  福祉保健医療委員
くらしの安心安全特別委員会
民主党・無所属の会 所属

1975年 誕生

亡き祖母と赤ん坊の私
亡き祖母と赤ん坊の私
生まれた日に、祖父と父が太平洋の大海原を見ながら「洋一郎」と命名。

今でも道に迷うと茅ヶ崎の海へ行きます。
自分の両親と祖先の愛情を感じてあたたかな気持ちになり、第2の故郷・松下政経塾の立つ海へ帰り、幸之助塾主と心の対話することで、厳粛な気持ちで自分を見つめ直せるからです。


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子供時代

戦隊ヒーロー?
戦隊ヒーロー?
生まれてすぐに埼玉県の久喜市へ。開発されたばかりのベッドタウン。
新設された青毛小学校の校舎で入学した第1期生でした。

大好きなのは戦隊ヒーロー。嫌いなのは弱い者いじめ。自分も泣き虫なくせに、クラスで1番のいじめっこに挑んでいました。
仲間と日が暮れるまでサッカーボールを追い回した毎日。今でもサッカーは見るのもやるのも大好きです。

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1990年〜 高校時代

男くさい男子校でした・・・
男くさい男子校でした・・・
県立浦和高校へ入学。仲間とクイズ研究会の創立活動に燃えました。

先生達には「TV番組に踊らされるな。」と大反対されましたが、3年間のゲリラ活動のおかげで晴れて正式な同好会に。
今年、後輩達は高校生クイズ選手権で、見事に2年連続全国優勝を果たしました。最近は「創立会長は私です。」とふれまわっています。
(ちなみにクイズの実力はさっぱりで、会長のくせに1問目でさっさと散っていました・・・)


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1994年〜 大学時代

このころから漠然と政治家を目指し始めました。
早稲田大学『外政学会』に所属。外交問題の勉強に励んでいました。
実際に国際連合の会議へ参加したり、スラムで働いてみたりと、学外を飛んで歩いている方が多かった気がします。
>>国連会議にて
>>スラムにて

お気に入りの隠れ家は雑司が谷の鬼子母神。境内で遊ぶ子供達の横で、本を片手によく日向ぼっこをしていました。

第4回国連北京女性会議、ユースデイにて
第4回国連北京女性会議、ユースデイにて
スラムの天使 プラティープさんと
スラムの天使 プラティープさんと
サンフランシス近郊のスラムにて
サンフランシス近郊のスラムにて

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1999年〜 松下政経塾時代

政治の世界に何の縁故もなく、道が見出せない。某自動車会社に就職を決めた矢先、松下政経塾より知らせが・・・。
中田先輩(現横浜市長)から「ハイリスク・ノーリターン。人生棒に振るかもしれない。それでも日本を変えたいなら・・・同志になりましょう。」と言われ、入塾を決意。
財団から資金と人的支援をいただきながら、日本の多元外交をテーマに、NGOや支援財団の研究をアジア各国で行いました。
>>アジアリサーチにて

また、韓国の自動車工場で働いてみたり、ワシントンで対日政策の対話をしたり、日本の文化を学んだり、と幅広いリーダー教育の機会をいただいたことも、今の血肉となっています。

この門をくぐったことで、自分の一生を公に捧げる誓いを立てました。私の原点です。

韓国の大宇自動車工場で李班長と
韓国の大宇自動車工場で李班長と
韓国大于工場のサッカー仲間が開いてくれた送別大会にて
韓国大于工場のサッカー仲間が開いてくれた送別大会にて
金泳三元韓国大統領の私邸にて
金泳三元韓国大統領の私邸にて
ワシントンDCの名物ロビーストに突撃インタビュー
ワシントンDCの名物ロビーストに突撃インタビュー
ジョージタウン大学の寮にて仲間と
ジョージタウン大学の寮にて仲間と
EUリサーチ
EUリサーチ

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2002年〜 議員秘書時代

2003年総選挙のひとコマ
2003年総選挙のひとコマ
武正公一衆議院議員のもとで修行した4年間。

私が高校生の時、サッカーボールを手に、「浦和にプロサッカーチームをつくりましょう!」と駅で訴えていた武正氏を見たのが、政治へ興味を持ったきっかけです。秘書として仕えたのは不思議な縁です。

新選挙区の開拓や独立行政法人の調査など、地元・国会双方で、温かい事務所や支援者の方々に囲まれ、得がたい経験をさせていただきました。
政治に対する誠実さ、ひたむきさ、必死さを肌で感じました。


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2006年〜 現在

春日部にて政治活動を開始。
「動き出せ!まちの底力。」を合言葉に活動中。

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活動記録

■国連会議にて

 私の人生観が変わったきっかけは95年の夏、北京で開催された国連会議に出席した時のことでした。それぞれの国のトップが丁々発止のやり取りをする場を覗き見に行ったつもりの私が、そこで見たのは5万人の草の根パワー。各国政府と対等のやり取りをするNGO達。国連の信頼をうけ、世界の議論をリードしている個々人の姿を見たことは、衝撃でした。日本の島国の中で自分が信じてきた社会が、その何かが世界ではもう変わり始めているのだと直感した瞬間でした。

■スラムにて

 救いようのない貧困の中でも、常に前向きな人々。「市がやってくれないなら、いいよ自分達でやるから。」と軽快に動き出す人達と出会いました。地域のリーダーやボランティアだけではありません。70過ぎのミッキー爺、車椅子のご婦人達、本当は弱者として救われる側でもおかしくない人達が、自分達でもできることを手伝いながら、スラムの人々に手をさしのべている。その明るい笑顔、力強い生命力に多くのことを学びました。

■アジアリサーチにて

フィリピン・モンゴル 奥地までリサーチへ向いました
フィリピン・モンゴル奥地までリサーチへ向いました
 リサーチに訪れたモンゴルで、元国会議員のナランゲル女史と対話しました。長い間共産党独裁体制が続いていた、旧ソ連の衛星国での身の上話です。
高校時代の彼女はジャーナリストを夢見る少女だったそうです。しかし当時、共産政権下の教育では、各校に電気技術者4人、教員6人、配管工5人など割り当てがあり、校長が生徒を成績順に割り振っていました。結局彼女は、意に沿わぬロシア語教員になるよう告げられ、しぶしぶモスクワの大学に行ったそうです。

 この話を聞いた時、なぜ共産主義国家が崩壊したか、分かるような気がしました。やりたい仕事がやれない、本当の自分は違う、そんなやる気のない社員ばかりの会社はつぶれます。国家もまた、同じことではないでしょうか。どんなに政府に優秀な人材がいようと、巨大な軍隊をもっていようと、1人1人が輝けない国は、いずれ衰退するしかありません。


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